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武将列伝 三匹目 「張悌」

馬超の列伝を書く気満々で二時間以上もパソコンに向かったのですが、中々上手く文が纏まらない。
馬超を語るなら父の馬騰も語らなきゃ。
でも馬騰を語るなら韓遂も語らなきゃ。
そうなると自分の知識が正確であるか自信が・・・
と言う感じでして・・・。

真面目にしっかりとした列伝を書くという事が、これほど難しいとは思いもよりませんでした・・・

そういう訳でして、すいませんが馬超は又、しっかり文が纏まり次第載せます。
m(_ _;)m ゴメン!!


で、それなら予約順的に王平とか廖化にしようと思ったんですが、多分この二人辺りは動画内でやりそうな気がしたんでちょっと保留させていただきまして・・・
悩んだ結果今回は張悌にする事に決めました!
予約順とかぐっちゃで本当にごめんなさい。
でも今までにリクエストしてくれた武将はいつか必ず紹介しますのでお許しくだされm(__)m


と言うことで武将列伝コーナー第3回は、
涙無しには語れない
呉、最後の丞相、「張悌」の紹介です。



張悌Large


      張悌



字は巨先。呉末期の人物。
幼少の頃に諸葛亮によって抜擢されたという。

張悌は若くして道理に良く通じていた人物であった。
263年、魏が蜀に侵攻したとき、呉の多くの人物は

「司馬氏はまだ国内でしっかりとした基盤を固めていない。このような時期に蜀への侵攻を行なっても成功するはずが無い」

と言ったが、張悌は

「司馬氏は善政を敷いて多くの民衆を救っている。一方、蜀は宦官が宮中を荒らし、厭戦気分が蔓延っている。魏の侵攻は成功するだろう」

と反論した。

そんな張悌の意見は信じられなかったが、結果は張悌の言った通りとなった。


その後279年に丞相に任命されたが、その直後、
今度は呉に晋が侵攻して来る。

張悌も諸葛セイ(諸葛誕の子、孔明とは同族)と沈瑩(シンエイ)を連れ、一軍を率いて晋軍の迎撃に向かったが、晋の侵攻は凄まじく、呉軍は次々と打ち破られてしまい、張悌の軍が牛渚の要塞にまで進軍した頃には、
すでに戦の大局は決まってしまった。

この時、配下の沈瑩は敵を引き付け、この牛渚の要塞で一戦すべきと進言したが、

張悌は

「呉が滅びかかっている事は、全ての者が知っている。よって今は軍を進めて死力を尽くして戦う時だ。河を渡って戦い敵を打ち破る事が出来れば大局を変える事ができる。しかし、もしお前の言うようにしてここで晋軍を待ち受けても、下手をすれば兵たちが不安におののいてまともに戦う事が出来なくなってしまう。そうなると我らは戦わずして晋に降る事になるだろう。国家の危機に対して一人も命を捧げる者がいないのは恥ずかしい事ではないか。」

と、決死の覚悟で答える。

こうして張悌軍は河を渡り晋軍に決戦を挑むが、
破れ大敗を喫してしまう。
敗戦の最中、
諸葛セイは張悌の袖をひっぱり退却を促すが、

張悌は、

「諸葛セイ殿、私は今日ここで死ぬべきなのだ。私は貴方の祖先の諸葛亮殿に推挙された。彼の様な賢者の知恵に背く事がどうしてできるか。私は国家のために殉じるのだ。そんな風に私を引っ張らないでくれ」

と言い放つ。

諸葛セイは涙を流して袖を離し、100歩進んだ所で張悌が討ち死にするのを見た。



その後呉が滅ぶと、皇帝の司馬炎は幼馴染だった諸葛セイを厚遇しようとしたが、諸葛セイはこれを固辞し、そのまま隠遁した。そして生涯、晋の都である洛陽のある方向を向かなかったという。

晋への恨みを忘れる事無く、国に殉じた張悌の様に最後まで呉に忠を尽くしたのである。





初めて張悌と諸葛セイの最後のやりとりを読んだ時には思わず目頭が熱くなったのを覚えています。
張悌が丞相になった頃には、もはや呉の運命は決まっていたのかもしれません。
しかしそれでも最後まで呉に忠を尽くし、敗戦を悟りながらも国に殉じた立派な人物です。
そんな張悌を讃えてか、
張悌の死に様を夢で見て、彼を慕っていた者が激昂のあまり生き返ったという逸話も残ってるそうです。

国が滅ぶ際には得てして醜いエピソードが残る物ですが、同時に張悌の様な立派な人物の美談も生まれるんですよね。


私も、もし日本が滅びる様な事になった際は国に殉じて、後世の人に讃えられたいです。




いや、100%命乞いするでしょうね・・・死ぬの怖いし。于禁だし。


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コメント

確かに、このような行動は一見忠臣とも捉えられましょうが、実際のところはいかがなものでしょうか? ただただ戦に逸るばかりではなく、やはり某のように、無駄な戦を避けて、主君を生き残らせるべく奔走したようなものこそが真の忠臣として称えられるべきではないのですかな? そういう訳ですので、さぁ陛下、平和な御世に無駄に戦に逸る姜維めを追放してしまいましょうぞ

やはりこの手の義人の最期には無条件で心打たれるものがありますよねー。
他の格好良い散り様には張嶷を推したいです。病で満足に動く事もできなくなりながらも戦場で死ぬ事を望んだのか、
最期は北伐で敵軍に多大な損害を与えて戦死、これには阿斗ちゃん(合計101匹)も号泣ですよ。

…ま、私は降伏して生き長らえるのもアリだと思いますけど。綺麗事ばかりでは世の中渡っていけませんぜ。
何が言いたいかというと、わた糜芳さんが降伏したのはあの髭が計略に引っ掛かって城の守備兵を減らしたせいで、
呉軍に包囲された時点でどうしようもない状態だったんだ、だから悪くないよ!ってことです。

あと、于禁殿の不幸は降伏した後に活躍の場を得られなかった事でしょうね。
徐晃とか張コウも裏切りをかましてますけどその後の輝かしい戦績が免罪符になってる観もありますし。
その点では于禁殿と同じように虞翻にはいぢめられたけど、賀斉神の下で活躍した記録が残ってるわt糜子方の方が恵まれておりますな!

あ、列伝には是非わた、糜芳殿も泡沫候補としてよろしくお願いいたしまする。

珍しく感動的な記事かと思ったらこの結末ですか。
まあ陛下だからしょうがありませんな。

少し三国志から外れてしまいますが、拙者的に涙無しでは語れない中国史における滅亡時の武将はまず南宋の岳飛と文天祥ですな。
あとは前漢の武将で中島敦氏の小説で有名な李陵の祖父の李広と筆の発明(最近の研究だと改良らしいですが)で有名な秦の蒙恬(もうてん-Unicode的に漢字が表示されるのでしょうか?)でしょうな。

まあ名武将がいるところには秦の趙高や南宋の秦檜のような歪臣もいるわけでそれが世の定めとも言えますな。

ちなみに拙者は三国志末期の武将では呉の陸抗が一番好きですぞ。
あの羊祜(ようこ-Unicode的にry)とのエピソードなんかいいじゃありませんか。

と書いていて思いましたがこんな話佞言色でするものじゃないですな。
でもやってしまったのだからしょうがない。

泣くといえば、北方三国志ですね、わかります
張衛があれで好きになりました。

>>黄皓2号殿

分かりましたでございまする。
いますぐ姜維めを追放し、そして貴殿を八つ裂きの刑に処しましょう。

悪戯に国力をすり減らす将軍と、宮中に蔓延り佞言を繰り返す悪徳宦官を一掃すれば、蜀は未来永劫安泰ですな。
いやはや、身を挺してまで国に尽くすとは、そなたこそまさに忠臣と言えるでしょう。


>>糜芳擁護派殿

張嶷の散り様は蜀一と私は思っております。(´;ω;`)ブワッ

正直、糜芳も于禁も運が悪かっただけなんですよね・・・
荊州を失ったのはどう考えても関羽が悪いですし、
于禁はあの洪水では降伏しか道が無かったでしょうし。

ただ、困難に合い、危機に合った時にこそ、その人物の真価が問われます。

降伏して悪戯に兵や民を苦しませないというのも大事ですが、だからと言って忠を誓った主君を変えて良い道理はありません。

糜芳も于禁も運が悪かった為に汚名を被る事になってしましましたが、瀬戸際で主への忠より自分の命を選択してしまった事は、同情はしますが、批判されても仕方ない事とも思います。

三国が県立される以前なら、主君が仕えるに値しなかったという言い訳が成り立ちますが、劉備、曹操、孫権の様な主に対してはやはり、厳しいでしょう。

まあ王平とか姜維とかも寝返ってる訳なので、一概には言えませんけどね・・・

糜芳列伝予約了解です。
それにしても糜芳好きとはレアですなw


>>奸臣1号殿

むむむ。自分は三国志以外の中国史はさっぱりでございます。有能な臣の言に応えれないとは、主君失格でございますな。今ますぐ勉強し・・・なくて良いですな。所詮愚帝の劉禅ですしw
いや、しかしご教授ありがとうございます。今度本なりwikiなりで読んで見ますね!

そして、りっこタンとよーこタンのエピは確かに良いですな。
そのうち紹介したい物です。


>>HENTAI三国戦記殿

北方三国志を忠実に漫画家すれば、大ヒットすると思うんですよ。ホント。熱すぎですもん。

>>糜芳擁護派殿

糜芳といえば私は三国志孔明伝というゲームの糜芳が印象的ですなあ、若干うろ覚えなんですが呉に降伏した時に、仕方なく降伏したけど後世の人間には裏切り者と言われてしまうだろうみたいな感じで苦しんでるのが他の三国志の糜芳とはちょっと違うなあと思いましたねー

>>KOEIの餌殿

あながち間違いでは無いように思えますな。
しかし、虞翻に怒られてる時の糜芳の様子からはそんな葛藤は全く見られませんw

それにしても糜芳をこんなに語るのは初めてです。

リクエストにお応え頂き、感激の極みであります。
「国家の危機に対して一人も命を捧げる者がいないのは恥ずかしい事ではないか」とか「私は今日ここで死ぬべきなのだ」とか…もう、何度見ても視界が曇りそうになります。

しかし、孫皓に粛清されずに済んだという事は…暴政に対して諫言とかはしなかったのでしょうか。
それとも、他に何か理由でもあったのでしょうか。
『101匹~』にちなんでラストエンペラーズゆかりの人物からリクエストしてみたのですが、結局孫皓との絡みがあんまり無かったですね。

>>J=K殿

分かります。
そんな風に私を引っ張らないでくれ。という張悌と、それを聞いて涙ながらに手を放す諸葛セイの姿を想像すると私も視界が曇ります。

張悌はあえて諌言しなかったんだと思います。
それは孫皓を恐れてではなく、死ぬのなら戦で死んで国に殉じようと覚悟していたからだと・・・

そんな風に考えるとまた涙が・・・・・゚・(ノД`;)・゚・

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