今日の三国武将の一言


プロフィール

ネコミミ于禁

Author:ネコミミ于禁
 
色々と往生際が悪い。


カテゴリ


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


全記事表示リンク


検索フォーム


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

武将列伝 二匹目 「程銀」

前回の列伝紹介の拍手コメで、

「私の名前を勝っっ手に使った程銀ってのを紹介してくれないかしら?」 

と、


水銀燈様からのお申し出がありましたので、
早速紹介する所存でございます。


武将列伝コーナーには、すでにいくつかリクエストの先約が入っていましたので、先約の方のリクエストから応えていくのが筋なのは承知しているのですが、

さすがに、銀様直々のお申し出には逆らえませんので、どうかご李恢下され。



と言うことで早速。




程銀Large

     「程銀」


後漢の武将。関中に独立した軍閥を持っていた人物で、
211年、同じく関中に軍閥を持っていた楊秋、成宜、侯選、李堪、張横、梁興、馬玩らと共に、馬超・韓遂と軍事同盟を結び、朝廷の権力者の曹操と対峙した。
(潼関の戦い)

この戦いで程銀は大いに奮戦し、一度は曹操を、
ジャンク寸前にまで追い込む活躍をみせる。

ところが、おバカさんな馬超が、賈詡の離間の策にひっかり、韓遂と不仲になってまうと、その機を突かれて曹操軍に攻撃され、同盟軍は壊滅的な大打撃を受けてしまう。
そのため、程銀は侯選と共に漢中の張魯の下に落ち延びる事となった。

その後曹操が漢中を奪うと、程銀はそのまま曹操の下に降っている。


演義では馬超・韓遂の同盟者から、韓遂配下の勇将に格下げされ、(楊秋らと共に韓遂配下の「手下八部」。吉川版だと「旗本八旗」と呼ばれる)
史実通り曹操を追い込み長安を落城させる等活躍をするが、最終的に戦死し、ジャンクとなっている。


軽く演義の脚色の被害を受けてる、何のことない武将だが、名に「銀」の字を冠しているため、今後党員のバックアップを受け、人気を博す事間違いなしの注目株の武将である。

そして、最後にこの記事はジャンクである事を伝えておく。




次回は、リクエストに応えまして、「馬鉄」の紹介です。

というか、「馬超」の紹介になります
スポンサーサイト

コメント

程銀か・・・韓遂の旗本なんとかの一人と認識してたから旗本八旗の皆さんを皆まとめて旗本さんとよんでいた・・・

馬の次は味塩こしょうでお願いします

笑いのツボにはまりましたw
「銀は銀でも程銀党」
「水じゃないよ、程だよ程」
みたいな事を想像して笑いが止まりませんw

冗談半分で送ってサーセン
賀斉神社に賽銭入れてきます

>>蜀のニ張は張嶷・張翼殿殿

まあそういう感覚が普通でしょうw
なにせ三国志Ⅸに旗本八旗全員登場しませんし(笑)


>>HENTAI三国戦記殿

「味塩こしょう」

字は命乞
中2の15歳で脳に病を患っている腐れ儒者である。


>>アン愚殿

うふふ、おばかさぁん。


>>冗談半分(ry殿

ぶっちゃけ、金より兵糧が欲しい劉禅軍なのであった。




追伸

>>蜀のニ張は張嶷・張翼殿殿

すんません。不安になって調べてみたら8人ちゃんと全員いましたw
反省して、101匹阿斗ちゃんの次回作は「韓遂配下ハタモト8」にします。
「7人のかませ」も捨てがたいですが・・・

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://inotidakewaotasuke.blog7.fc2.com/tb.php/23-2a685a96

 | BLOG TOP | 


  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。